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日常用語も心理学では〇〇になる part3

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  • 2018/02/28

― 日常と科学の間にあるもの ―

 心理学の辞書に掲載されている用語の中には、私たちが日常生活で当たり前のように使っている言葉を少し違った観点から捉えているものがあります。そんな「よく耳にする言葉の心理学的側面」について解説したいと思います。
 
①飽き
 
 心理学では、何かに飽きてしまうことを「心的飽和」とよんでいます。少し専門的に「飽きる」ということを定義すると「同一の作業を長く反復することによって、これを続ける意志がなくなり作業を放棄する現象」となります。
 この飽きるという状態は、疲れたという状態と少し似たニュアンスがあるかと思います。ただし、厳密には続けたいのに続けることのできなくなるのが疲労であり、続ける意志そのものが消失するのが飽き(心的飽和)であるという違いがあります。
 また、飽き(心的飽和)の状態は、たとえば、それまで続けてやっていた作業を中止して数日が経過したとしても、改善せず「飽きたまま」になることがあります。しかし、疲労であれば、数日間も休めば改善されるので、改善という観点からも飽き(心的飽和)と疲労は異なるものであると考えることができます。


 この飽きる(心的飽和)という現象のメカニズムは、心理学者のカルステンの実験的によって明らかとなりました。実験では、参加者に線や円の模写・詩の朗読を可能な限り何度も繰り返させるという方法で、飽き(心的飽和)について検討しています。同じことを繰り返す中で、参加者は手順を変更してみたり、作業の質を悪化させたりするようになりますが、最終的にはうんざりして作業をやめてしまいます。カルステンはこの飽き(心的飽和)のメカニズムを次のように説明しています。私たち人間の行動は何らかの緊張の発生によってスタートするものの、反復されるに従い緊張が解消されると、新たな緊張を求めて可能な範囲で、手順を変えたり、行為の質を変えたりしたくなってくる。そして、さらに反復が続くと、そのような対処方法の有効性もなくなり、その状況(場)から逃避して、他の緊張を求めるために作業を中止することになるというわけです。
 また、飽き(心的飽和)には、範囲が広がってしまうという特徴があることも判明しています。たとえば、ある作業を繰り返すことで飽き(心的飽和)が起きると、その作業と似た作業に対しても、飽和が促進されるという共飽和という現象が起こることもあるのです。
 
②かんしゃく
 
 「かんしゃく」とは一般的には「怒っている状態」という意味であるかと思います。しかし、心理学では、より専門的な使い方をします。発達心理学の観点から、かんしゃくとは、1歳半頃から現れ、3歳頃には頻繁にみられるようになり、9歳頃まで認められるもので、子どもの不満や怒りの表出反応と定義されます。
 たとえば、自分の思い通りにならなかった時に、泣き叫びながら体を床の上に投げ出して、手足をバタバタさせたり、じだんだを踏んだりすることが発達心理学的な「かんしゃく」なのです。しかし、このかんしゃくは子どもが発達していく中で、言語的な表現能力や他の表現方法を獲得していくことで、次第に発生頻度が減少していきます。
 
③空想
 
 空想は「心の中のもの」なので、やはり心理学的な定義があります。
 空想は、専門的には現前の現実世界とは別の虚構世界を表象する精神活動あるいはその産物と定義されています。空想は眠っている際に夢を見ている状態ほどではないものの、現実に対する合理的な思考が弱まり、願望充足などの無意識的側面が現れやすいとされています。しかし、空想が現実と全く異なるというわけでもなく、発達心理学的な観点からは、空想は現実との相互依存的関係の基に成立していると考えられています。そして、精神的な発達に伴って、空界が現実からの自立性を増していき、創造的な能力(クリエィティブな能力)の獲得と向上を促していくものへと変化していくのです。
 つまり、空想をするということは、けして無駄なことではなく、クリエイティビティを確立していく上で、非常に重要な要素なのです。