コラム

ノーベル賞と心理学

2020.11.30

― リチャード・セイラーの功績と行動経済学 ―

皆さんは2017年度のノーベル賞についてのニュースはご覧になられましたでしょうか。
今年は経済学賞にリチャード・セイラー氏が受賞しました。授賞理由は「行動経済学への功績」となっています。
この「行動経済学」とは経済学に心理学の要素を取り入れたものであり、実はノーベル賞を心理学に関する研究成果が受賞したということなのです。では、行動経済学とは、どのような学問なのでしょうか。

行動経済学は別名、経済心理学ともよばれ、経済学とも関係の深い分野です。
また、人間の選択行動や意思決定、それを応用した消費者行動などとも関連しています。
また、心理学の分野の中でも、学習心理学(行動分析学)や認知心理学社会心理学パーソナリティ心理学などの領域とも関係があります。

これは、選択行動や物事や確率に対する認識(認知)、他者との協力や競争、就職先、進学先などの意思決定、選ぶことや決めることに対するパーソナリティ(性格)の影響など、様々な心理的過程が行動経済学とつながりを持っているからです。
行動経済学における「経済」とは、お金だけにかかわらず、様々な利益と損失に関するものを指します。
私たちは、なるべく利益を上げ、損失を回避しようと考え、行動しています。
それは、幸福になりたい、満足感を得たいということや、不幸や不満を回避したいということでもあります。
しかし、このような傾向があることで、私たちは合理的な意思決定や冷静な選択ができないことが多いということが分かっています。

そんな行動経済学への功績を評価され、ノーベル賞を授与されたリチャード・セイラー氏ですが、どのような人物なのでしょうか。
セイラーはアメリカの行動経済学の専門家であり、シカゴ大学の教授を務めています。セイラーは同様に行動経済学を専門とするダニエル・カーネマンらとの共同研究を進めており、多くの論文・著作を発表しています。セイラーの研究で有名なものとして、心的会計(mental accounting)に関するものがあります。
心的会計とは、同じ金額であっても、その出どころや保管場所、使い道や、どのような経緯で手に入れたのかによって、その扱い方が変わり、心理的に別の勘定となるというものです。
私たちは日常生活において、本質的に同じ金額の損失を被ったとしても、損失の原因が異なる場合には、別の扱いにしてしまうことがあるのです。

心的会計の特徴として、

  1. 取引や売買の評価について、私たちは基準となる特定の位置(参照点)からの変化や損失回を重要視する傾向があり、
  2. 各取引を個別の項目ごとに心の中で勘定し、損失や利得を計算してしまい、
  3. 様々な時間間隔で利得と損失を評価し、時間間隔の程度によって評価が異なるという3つが挙げられます

心的会計の例として、次のようなものがあります。

A:コンサートに行くと決めた。チケットは2万円。会場について、財布の中の2万円を紛失したことに気付いた。この状況で、2万円を払ってコンサートに行くか?
⇒この質問に対しては、88%がさらに2万円を支払うと回答しました。
B:コンサートに行くと決めた。2万円のチケットを事前購入した。会場でチケットを紛失したことに気づいた。チケットは再発行ができない。さらに2万円を払ってチケットを買い直すか?
⇒この質問に対しては、46%がチケットを買い直すと回答しました。

このAとBの質問はどちらも「4万円支払ってコンサートを見るか、2万円の損失を被りながらもコンサートを見ないか」という状態であり、一般的な経済学の利益・損失という観点では、AもBも全く同じ状況なのです。

これは難しい言葉であらわすと「貨幣の代替性」という標準的な経済学の前提から外れていることになります。
Aはコンサート代2万円と紛失した2万円が別々のカテゴリーにされてしまっています。
しかし、Bでは、コンサート代トータル4万円という単一のカテゴリーになっています。
私たち人間は複数の心の会計簿を持っており、個々の金銭取引が同額であっても、どの心の家計簿に記帳されるかによって扱いが異なるのです。

リチャード・セイラー氏の研究成果は、従来の経済学の理論では説明できない人間の行動を「心」という要素を加味することで、見事に説明しています。
行動経済学の様々な知見は実際の経済活動にも普及していくと同時に、公共政策や法律など様々な分野へと広がっています。

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この記事を執筆・編集したのはこころ検定おもしろコラム編集部
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