コラム

日本の有名な心理学者たち part4

  • コラム
  • 2020/03/17

心理学者やメンタルへルスの専門家には、日本人にも多くの有名な先生方がいらっしゃいます。そんな日本を代表する先生方の一部を御紹介させていただきたいと思います。


西 周 先生

西周先生に関しては、心理学の専門家というだけでなく“歴史上の偉人”として、日本史を勉強する中でも名前が出てくるくらい有名です。

そのため、時代もぐっと古い歴史的な要素を含む来歴となっています。

西先生は津和野藩(現在の島根県)に生まれ、幼時は儒学を専修したものの、さらにオランダ語・英語を学び、江戸幕府からオランダのライデンに派遣されて法学・経済学の個人教授を受けました。

明治維新後は明治政府に任用され、陸軍省翻訳局や文部省学制取調御用掛を務め、明六社に参加するなど近代日本の学術・政治の現場で活躍されました。

西先生は心理学者のヘイヴンの著書である『Mental Philosophy(1857)』を1875年から1879年にかけて『心理学』という日本語訳で翻訳したことで知られています。

実は「心理学」という日本語は西周先生の発案であり、私たちが学んでいる学問領域に名前をつけた人なのです。

同様に基本的に英語やオランダ語であった学術用語を日本語に翻訳したことが西先生の大きな功績であり、哲学・芸術・理性・科学・技術・意識・知識・概念・帰納・演繹・定義・命題・分解など、現在、私たちが使っている言葉の考案者なのです。


武政 太郎 先生

武先生は岡山県に生まれ、1915年に東京高等師範学校(現在の筑波大学の一部)を卒業後、愛媛県師範学校に教師として勤務されています。

そして、1927年に東京帝国大学(現在の東京大学)・文学部・心理学科に入学し、卒業しています。

その後、東京文理科大学(現在の筑波大学の一部)の創設時に、心理学教室の助教授と迎えられ、東京高等師範学校の教授も兼務されています。

戦後、武先生は欧米の児童心理学の研究成果を幅広く日本に紹介したり、スタンフォード = ビネー知能検査の標準化や、幼児・児童の概念形成に関する実験研究や道徳性の発達段階に関する研究など、主に発達心理学の分野で大きな功績を残されています。


佐久間 鼎 先生

佐久間先生は心理学者であると同時に言語学者でもあり、千葉県東金市出身です。

1913年に東京帝国大学(現在の東京大学)の文学部を卒業後、1923年に文学の博士号を取得しています。

1925年に九州帝国大学(現在の九州大学)において、初代心理学講座担任教授に就任され、1949年に退官されるまで教壇に立たれています。

1952年には東洋大学の教授として心理学・国語学を担当され、1960年~1963年には東洋大学の学長を務められています。

その後、1968年には駒澤大学で教授を務め、1965年にはそれまでの功績を認められ、紫綬褒章を授与され、翌1966年には日本学士院の会員に選ばれています。

佐久間先生は1923年にドイツに留学し、ベルリン大学でケーラーの指導のもとでゲシュタルト心理学を学び、帰国後にそれを日本に紹介し、普及に努められています。

ゲシュタルト心理学の“ゲシュタルト”とは、ドイツ語で形態や姿を意味する言葉で、ここでは細かな要素に還元(分割)することができない、まとまりのある1つの全体が持つ構造特性という意味で使われています。

ゲシュタルト心理学では、ウェルトハイマーが創始したものであり、そこにコフカや佐久間先生が指導を受けたケーラーらが加わって確立されています。

ゲシュタルト心理学の研究成果として、仮現運動やプレグナンツ傾向など主に知覚の領域に関するものが有名です。

ただし、知覚以外にも記憶・思考・動機づけ・行動・集団特性など、非常に広く心理学的要素に適用されています。

そこから派生する形で、心理物理同型説や生活空間の概念、場理論、グループ・ダイナミックスなどへと繋がっていっています。

この場理論に基づき、佐久間先生は言語学の領域で独創的な日本語指示詞に関する理論である「コソアド論」を提唱しています。

また、教授として教壇に立たれていた駒澤大学が仏教の曹洞宗を母体とするものであったため、座禅に関する心理学的研究にも強い興味・関心を示されていたことでも知られています。